
「戦術は教えられるものではなく、自分で気づくものだ」 「自分で考えろ、自分で気づけ」 「戦術を教えると型にはまり、発想力がなくなるからダメだ」
テニススクールや指導現場でよく聞かれるこのような指導方針。確かに一理ある考え方ですが、果たしてすべての選手に適用できるのでしょうか?
実際に多くの選手や保護者が、この指導方針に戸惑いを感じています。「長年スクールに通っているが戦い方について質問してもいつも自分で考えろと言われるばかりで、なかなか成長が感じられない」「正直どうしていいのか分からない」といった声が後を絶ちません。
今回は、この複雑で繊細な問題について、科学的根拠と実践的経験に基づいて徹底的に解析します。選手のタイプ別指導法から発想力の育成方法まで、真に効果的な戦術指導の在り方を詳しく解説します。
戦術指導の基本概念:科学的アプローチ
テニス戦術の体系的理解
戦術を考える時には、まずテニスコートを科学的に分析する必要があります。この分析方法は国際的に確立されており、指導者によって多少の違いはあるものの、基本概念は共通しています。
コート分析の基本
- 8つのエリア:ボールを狙う基本的な場所
- 5つのゾーン:縦横に分けたコートの戦略的区分
これらの各エリアにどんなボールを打てば、どんな展開が生まれるのかを体系的に理解することが、戦術の基礎となります。
世界共通の戦術理論
テニスには世界で確立された基本的な戦術理論があります。
5つの基本戦術 世界標準として確立された戦術の基本概念
5つの判断基準 試合中の状況判断に必要な基準
3つのオープンコート
- 空間のオープンコート
- 時間のオープンコート
- メンタルのオープンコート
テニスビジョン ボールの見方と思考のバランス、つまり目の使い方と思考プロセス
観察→判断→実行のプロセス 戦術実行の基本的な流れ
これらを元に戦術を組み立て、試合後の振り返りに活用するのが科学的なアプローチです。
根本的な疑問
しかし、ここで重要な疑問が生まれます。
- これらの戦術を自分で気づくことは可能なのか?
- 最初に教えた方が効率的ではないのか?
- 戦術を教えることで本当に発想力が失われるのか?
- 気づくまで待つべきなのか?
これらの疑問に対して、選手のタイプ別に科学的なアプローチで答えていきます。
タイプ1:自分で気づくタイプの選手
天性の戦術センスを持つ選手
確かに「自分で考えろ」と言われて、戦い方をどんどん発展させながらプレイを進化させる選手は存在します。
このタイプの特徴
- 創造的なプレイ:試合の中で面白いプレイを次々と試す
- 個性的な戦術確立:独自の戦術パターンを自然に開発
- 自主的な成長:最小限の指導で継続的に向上
- 状況適応力:新しい状況に対して柔軟に対応
指導の要点 このタイプの選手には、
- 細かく教える必要はない
- 様子を見ながら助言を与える程度で十分
- 自由度を高く保つことが重要
- 創造性を阻害しない配慮が必要
実際の指導経験
実際に、このような選手を指導した経験があります。あまり細かく指導せず、好きにプレイさせていたところ、独自の戦術を確立し、大きく成長した事例があります。
しかし現実は…
全員がそうではない しかし、すべての選手がこのタイプではありません。むしろ、このタイプは少数派というのが現実です。
多数派の現状
- 何をしたらいいか分からない
- 戸惑って迷っている
- 考え方そのものが分からない
- 一切進展しない状況が続く
このような選手に「自分で考えろ」と言っても、そもそも考え方が分からないため進展しないケースの方が圧倒的に多いのが現実です。
自己分析:あなたはどちらのタイプ?
客観的な自己評価の重要性
まず、自分自身(または子供)がどちらのタイプなのかを客観的に分析することが重要です。
分析のための質問
- 過去数年を振り返って、プレースタイルに変化はありましたか?
- その変化の中で、あなたの発想から生まれた戦術はどれくらいありますか?
- 試合中に新しいアイデアを試すことがありますか?
- 困った状況で独自の解決策を見つけることができますか?
進展が感じられない場合
もし進展があまり感じられないのであれば、「自分で気づくタイプ」ではない可能性があります。この認識は決して恥ずかしいことではありません。むしろ、適切な対処法を見つけるための重要な第一歩です。
客観的な視点の必要性
選手自身が気づかないケース 選手自身が、自分が「気づくタイプではない」ということに気づかない場合があります。
保護者の役割 この場合、保護者がしっかりと見極めることが重要です。
- 長期間の観察による客観的判断
- 成長パターンの分析
- 指導方法との適合性の確認
緊急性の認識
ジュニア期の時間的制約 ジュニア期は一瞬で終わってしまいます。「いつか気づくだろう」と悠長に待っている時間的余裕はありません。
具体的な対処法 明らかに指導が必要なタイプと判断した場合、
- コーチへの依頼:細かく指導してもらえるよう具体的に依頼
- 指導者の変更:より適切に指導してくれるコーチを探す
「自分で考えろ」と言われ続けても同じ状況が続くだけなので、理解のある指導者を見つけることが重要です。
タイプ2:気づけないタイプはセンスがないのか?
厳しい現実:発想力の臨界期
12歳までの重要性 発想力に関しては、12歳までの生活環境で大部分が決まるという研究結果があります。
決定要因
- 自発的行動の機会:幼少期にどれだけ自分で考えて行動できる環境があったか
- 創造的体験の量:様々な経験を通じた創造性の育成
- 問題解決経験:自分で課題を見つけ、解決する経験の蓄積
臨界期を過ぎた場合の現実
厳しい現実 この時期を過ぎてしまうと、自分で気づく力を養うのは非常に困難になります。
負のループの危険性 最初の環境が悪いと、負のループに陥る危険性があります。
- 何をやってもうまくいかない
- 自信を失う
- さらに消極的になる
- 悪循環が継続する
この負のループから抜け出すことは困難で、将来にわたって影響を与える可能性があります。
しかし、希望はある
センスがないわけではない 気づけないタイプがセンスがないというわけでは決してありません。
社会での類似例 社会でも、発想力はないものの高い能力を持つ人材はたくさんいます。
- エンジニア:設計や技術面で卓越した能力
- 職人:特定分野での極めて高い技術
- 専門家:一つの分野での深い知識と技能
テニスにおける多様な才能
様々な武器を持つ選手 テニスでも同様です。
- 圧倒的なパワーを持つ選手
- 誰よりも速いフットワークを持つ選手
- 抜群の安定性を持つ選手
- 特殊な技術を持つ選手
適切な指導による開花 このような選手は、
- 最初は細かい指導が必要
- しかし、自分の強みを活かせる場を得ると大きく成長
- 独自の武器を確立すれば非常に強力な選手になる
器用貧乏の危険性
発想力はあるが武器がない選手 逆に、発想力はあるが決定的な武器がない選手は「器用貧乏」で終わってしまうこともあります。
社会での類似例
- 何でもそつなくこなすが、特筆すべき能力がない
- アイデアは豊富だが、実行力や専門性に欠ける
- 結果として平凡な成果に留まる
テニスの試合特性と発想力
試合の現実 テニスの試合は、
- サーブを含めて4〜5球でゲームの70%が決着
- つまり、瞬間的な発想力を活かせる場面は意外に少ない
- 強力なフィジカルを持つ選手の方が有利になるケースが多い
見落とされがちな逸材
身体的成長待ちの選手
- 最初は体が小さく目立たない
- しかし、成長したら素晴らしい体格になる潜在能力を持つ
- 現時点では「ひょろひょろ」で見落とされがち
指導者の先見性
- 将来のフィジカルを見越した指導
- 現在は手間がかかるが、将来的に大きな可能性を秘めた選手の発掘
- パワートレーニングなどの長期的な育成計画
選手を活かすも殺すも指導者次第 選手の武器を見極め、それをどう活かして指導するかが重要です。
タイプ3:最重要アプローチ – ヒントの与え方
答えではなくヒントを与える指導法
選手を指導する上で最も大切なのは、答えを教えることではなく、ヒントを与えることです。
aim TENNIS ACADEMYの指導方針 1から10まで細かい指導が必要そうな選手に対しても、必要以上には教え込みません。
具体的な指導プロセス
ステップ1:問いかけから始める 必ず選手自身に問いかけることから始めます。
- 「なぜそうだったのか?」
- 「どう思う?」
- 「他にはどんな方法があると思う?」
ステップ2:考える時間を作る 選手に考える時間を与え、自分で答えを出させます。
実際の指導例:試合の組み立て
シチュエーション:試合の組み立てがうまくいかなかった選手
質問1:「なぜあの場所に打ったの?」
- 選手:「決まると思ったから」
質問2:「でも決まらなかったじゃん。じゃあ他に3箇所ぐらい考えてみて」
- 選手:「うーん、クロスとストレートとセンター」
質問3:各選択肢の分析
- 「ストレート打ったらどうなると思う?」
- 「クロス打ったらどうなると思う?」
- 「どんなボールが返ってくると思う?」
- 「相手はどうなる?」
- 「自分はどうなる?」
質問4:最適解の導出
- 「その中で何がベストだと思う?」
発展的な指導:時間の概念
基本的な選択肢を理解できるようになったら、時間の概念を導入します。
早いボールの場合
- 「早いボールで相手に到達したら、相手はどうなってると思う?」
- 「自分はどうなってると思う?」
遅いボールの場合
- 「遅いボールの場合だったら、自分はどうなってる?」
- 「相手はどうなってる?」
良い点・悪い点の分析
- 必ずいい点と悪い点を考えさせる
- 悪い点ばかりでなく、いい点にも気づかせる
- これがまた新たな戦術となる
さらなる発展:打点の概念
高い打点での攻撃
- 「高い打点で相手を攻撃したらどうなると思う?」
低い打点での攻撃
- 「低い打点で攻撃したらどうなると思う?」
指導の核心:自分で考える力の育成
質問を通した気づきの促進 このような質問を通して、選手自身が考える機会を提供します。
選手の反応 選手は自分なりに工夫して答えを見つけようとします。
身につく能力 この過程を経て、試合でも:
- ヒントから考える力
- 対策する力
- 自分で問題解決する力
これらが身につきます。
ヒント指導の効果
考えられない選手でも変化 自分で考えられない選手でも、ヒントを与えれば考えられるようになります。
オーバーティーチングの危険性 いきなり答えを教えてしまうと、
- 考える力が育たない
- オーバーティーチングになる
- 依存的な思考パターンが定着
危険な兆候 選手が、
- 「どうしたらいいんですか?」
- 「どうしたらいいんですか?」
と、自分で考える前に質問ばかり飛んでくるのは危険な状態です。
魚を与えるのではなく釣り方を教える
根本的な指導哲学 魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えることが重要です。
多くのスクールの問題 多くのスクールでは、
- 「自分で考えろ」と言いながら
- 実際はヒントも与えずに放置
- 結果として多くの人材が埋もれる
- 元々考える力を持っている選手しか活躍できない環境
真の指導とは 本当に選手を伸ばすためには、
- 指導者が適切なヒントを与える
- 考える力を引き出す
- 段階的にレベルアップさせる
これらが欠かせません。
科学的根拠:発想力の育成可能性
脳科学からの知見
神経可塑性の研究 現代の脳科学研究により、以下のことが分かっています。
- 12歳までが最も重要だが、それ以降も発達は可能
- 適切な刺激と環境があれば、思考パターンは変化する
- 繰り返し練習により新しい神経回路を形成できる
教育心理学の観点
ヴィゴツキーの最近接発達領域
- 一人でできることと、支援があればできることの間に「発達の可能性」がある
- 適切な足場作り(スキャフォールディング)により能力は向上する
これをテニスに応用すると
- 適切なヒントと段階的な支援
- 徐々に自立度を高める指導
- 最終的に自分で考える力を育成
実践的指導法:段階別アプローチ
レベル1:基本的な選択肢の理解
目標 基本的な戦術選択肢を理解させる
方法
- 3つの基本選択肢(クロス、ストレート、センター)
- それぞれの結果予測
- 良い点・悪い点の分析
レベル2:時間概念の導入
目標 ボールのスピードと時間の関係を理解させる
方法
- 早いボール vs 遅いボール
- 相手への影響分析
- 自分への影響分析
レベル3:打点概念の理解
目標 打点の高さによる戦術変化を理解させる
方法
- 高い打点での攻撃
- 低い打点での攻撃
- 状況に応じた使い分け
レベル4:総合的な戦術思考
目標 複数の要素を組み合わせた戦術思考
方法
- 状況分析
- 複数選択肢の比較検討
- 最適解の導出
指導者のための実践ガイド
効果的な質問技法
オープンエンドクエスチョン
- 「なぜ?」「どう思う?」「どうなると思う?」
- 一つの答えに誘導しない質問
段階的な深掘り
- 表面的な答えから、より深い理解へ導く
- 「他には?」「それ以外には?」
比較分析の促進
- 「AとBを比べるとどちらがいい?」
- 「良い点と悪い点は?」
避けるべき指導パターン
即答の要求
- 考える時間を与えずに答えを求める
- プレッシャーを与えすぎる質問
答えの押し付け
- 指導者の考える「正解」を強要
- 選手の発想を否定する態度
放置による指導
- 「自分で考えろ」と言って何もしない
- 具体的なヒントやガイダンスの欠如
保護者のための観察ポイント
子供のタイプ判定
気づくタイプの特徴
- 試合中に新しいことを試している
- 自分なりの工夫が見られる
- 失敗から自分で学んでいる
指導が必要なタイプの特徴
- いつも同じパターンの繰り返し
- 困った時に固まってしまう
- アドバイスを求めることが多い
指導環境の評価
良い指導環境
- 適切な質問でヒントを与えている
- 選手の反応を見ながら調整している
- 段階的にレベルアップしている
問題のある指導環境
- 「自分で考えろ」ばかりで具体的ガイダンスがない
- 答えをすぐに教えてしまう
- 一方的な指導で選手の反応を見ていない
ケーススタディ:実際の指導例
ケース1:発想力豊富だが武器がない選手
状況 アイデアは豊富だが、決定力に欠ける選手
指導方針
- 創造性は維持しつつ
- 特定の武器作りに集中
- 確実性の向上を図る
結果 発想力と実行力の両方を身につけた選手に成長
ケース2:気づけないが身体能力が高い選手
状況 戦術的発想は苦手だが、優れたフィジカルを持つ選手
指導方針
- 基本戦術を段階的に指導
- フィジカルを活かした戦術に特化
- シンプルで効果的なパターンの確立
結果 限られた戦術パターンながら、非常に効果的な選手に成長
ケース3:完全放置から救出した選手
状況 「自分で考えろ」と言われ続け、迷子状態の選手
指導方針
- 基礎的な戦術知識の提供
- 段階的なヒント指導
- 小さな成功体験の積み重ね
結果 自分で考える力を身につけ、独自の戦術を確立
戦術の本質:個性 vs 基礎知識
戦術は個性である
個性の重要性 確かに戦術は個性です。最初に挙げたコーチの意見も正しい面があります。
しかし重要なのは… 戦い方をそのまま教えることではありません。
戦場の知識が前提
コートという戦場の理解 重要なのは、コートという戦場において何が起こるのかをまず理解することです。
- 「ここでは何が起こるの?」
- 「このエリアでは何が起こるの?」
- 「この状況では何が起こりうるの?」
知識なくして戦術なし この知識なしに戦うことはできません。
知識と個性の関係
知識の提供
- 「ここではこんなことがある」
- 「こんなことがあるかも」
- 「こうなる可能性がある」
- 「ここではこうなる」
個性の発揮 それらの知識を総合的に考え、どう戦うかを決めるのが選手の発想と個性です。
aim TENNIS ACADEMYの指導方針
基本戦術の位置づけ 他のコーチから「基本戦術を最初に教えるのはオーバーティーチングだ」「個性を削ぐものだ」と批判されることもあります。
しかし実際は… 戦い方を教えているのではなく、コート上で何が起こるかというヒントとして伝えているだけです。
選手の役割 その知識をどう活用して戦うかを決めるのは選手自身です。
行き詰まった時のサポート
基本戦術に基づくヒント 選手が行き詰まった時は、基本戦術に基づいてヒントを与え、選手自身が答えを見つけられるようサポートします。
試合での活用 そうして試合の中で気づきを活かせるように指導していきます。
指導者の役割 勝ち方の考え方やヒントを伝えるだけです。
まとめ:選手に適した指導アプローチ
理想と現実のバランス
理想論の限界 「戦術は自分で気づくもの」という考え方は理想的ですが、すべての選手に適用できるわけではありません。
現実的な対応 選手の特性に応じた柔軟なアプローチが必要です。
多様な成功パターン
発想力豊かな選手 独創的な戦術で成功する選手もいます。
武器特化型の選手 発想力はないが、たった一つの武器を徹底的に磨いて成功した選手もいます。
段階的成長型の選手 最初は手厚い指導が必要だが、基礎を身につけてから大きく成長する選手もいます。
指導者の責任
見極めの重要性 選手が本当に助けを必要としている部分を、周囲がしっかり見極めることが重要です。
本人も分からない場合 選手本人も自分に何が必要かわからない場合があります。
具体的なサポート 場合によっては細かく指導し、手厚く支えることも必要です。
知識と個性の統合
基礎知識の重要性 コート上で何が起こるかという基礎知識は不可欠です。
個性の発揮 その知識をベースに、どう戦うかを考えるのが選手の個性です。
ヒント型指導 知識を押し付けるのではなく、ヒントとして提供することが重要です。
最終的なメッセージ
一律な指導法の限界 「自分で考えろ」という一律な指導法では、多くの選手の可能性を見落としてしまいます。
個別最適化の必要性 選手一人ひとりの特性を見極め、それぞれに適した指導法を選択することが重要です。
ヒント型指導の価値 答えを教えるのでもなく、完全に放置するのでもない。適切なヒントを与えて考える力を育成することが、最も効果的なアプローチです。
魚の釣り方を教える 魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教える。この基本的な教育原則を、テニス戦術指導にも適用することで、真に選手の成長を促すことができます。
指導環境の見直し 現在の指導環境が選手に適しているかを定期的に見直し、必要に応じて改善していくことが、選手の可能性を最大限に引き出す鍵となります。
選手の個性を尊重しながらも、必要な基礎知識とヒントを適切に提供する。このバランスの取れたアプローチこそが、真に効果的なテニス戦術指導の在り方なのです。
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